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セカオワの新曲「Habit」が中毒性あるし、MVはちょっと不気味だよね

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こんにちは、ヌンタコブログのヌンタコです。

久しぶりの休日です。

私の生活では1日まるまる休みが月に2回なのでちょっと嬉しい。

今回は、セカオワの新曲がいいよ!っていう紹介です。

Bad Habit

悪い慣習に飲み込まれるな、というメッセージ性強し。

ヒットする曲はメロディーが斬新だったり、マジョリティの見えない共通認識や不満を形にしたものが多い印象ですね。誰かの気持ちの代弁をしていたり。

なので曲に恋愛ものが多いのもそういう理由かな?と思います。

恋愛系でなくても共感性を生む作詞をしているな、という印象のバンドはRADWIMPSです。

で、セカオワの「Habit」のMVが学校というのも面白い。

本当はそうじゃないけど、環境や集団の空気感に飲まれて同じ行動や言動をしてしまう。そのモヤモヤの葛藤を集団全体で表現している感じ。すごい不気味。

またダンスの雰囲気もそれを表現しきっていて秀逸なんですね。

ということでこの曲好きです。

ブラック校則

最近ブラック校則なるものを撤廃しましょう、変えましょう。という運動が出ていますね。

学校の話に変わると、校則を変えられるのは内部の人間だけなんですね。

教育委員会がお達しを告げても、学校単位にその内部教員が動かない・変わらない。という状態です。もしくは生徒が集団で声を上げないと変わらないという印象もあります。

地方は特にまだ校則の厳しさが残っていますね。

前髪は眉うえ、スカートは膝下。男子の髪型は先生の指で挟んではみ出たらその場で切られるというのが私の頃の話です。

今も、残ってますね汗

こちらの高校の話だと偏差値の高さに反比例して校則が緩くなるという印象です。

なので地頭の問題もあるので一概に言えませんが、お勉強できない子は強制力持たした風紀指導しないと統制が取れない、という一面もあると思います。

ただ、軍隊じゃないのでね・・・

じゃあ校則を変えるにはどうすれば良いか?

会社であればメリットデメリットを提示して交渉に持っていきますが、さすがに公教育の場で資本主義原理を出しすぎると不具合が生じます。

例えば、

「成績が上位10%のものは校則を一部免除」みたいなテーマを掲げたとしましょう。

とても合理的な気もしますが、不具合は何かというと・・・

教育格差の話にもなりますが、例えばそれで校則が一部を対象に緩くなったとすると成績の見える化になりますね。それを生徒たちがどう思うか?

また塾に行ける、家庭教師をつけてもらえる、などその家庭の経済環境の露出も見える化されることも不安要素としてあります。社会構造が浮き彫りになりますが、それを良しとするか・・・?

格差社会を学校でも子供のうちにまざまざと見せつけられるのは、生徒たちはどう思うかですね。

他にも、それで成績の向上が見られたとすると、校則からの自由を求めたカンニング、また自由をしすぎて逆に勉学が手につかなくなる・・・など。特に女の子の化粧は青天井です。コスメは集め出したらキリがないし、メイク術も動画で頻繁に流れてくる。

それに影響を受けすぎずに今しかできないことを見据える視野を持ち合わせているか?という問題が表出しそう。

正直なところ、偏差値の低い学校で地頭の良い子を見つけるのは砂漠でダイヤの原石を見つけるぐらい至難の技と思ってます。

地頭のある子だなと見つけられる大人も多くないのでね汗

Habitに支配されると奥行きがなくなる

自分に自信のない人、要は自己肯定感の低い人は慣習に飲まれやすいです。自信がないから。

みんながYesというものに同調することで自分の居場所を確保します。

悪いことではないです。ただ自分の考えや価値観を大事にしないと、結局人も流動的なのでずっと同じ居場所で安心することは難しいと考えています。

でも「この人はこういう考え方で、こういう視点で物事を見る」んだな、と価値基準がわかる人=自分を持ってる人は環境が変わってもまた新たにコミュニティを形成できるかなと考えます。

難しいけど、内省は大事だよね。とこの曲でさらに考えた次第です。